所有者不明の大枚を巡って裏社会で起きたそれは巨きな抗争、
かの“龍頭抗争”以来、
国の公安委員会から分かれる警視庁傘下の県警や市警の他に、
軍が統括するそれとして設けた“軍警”という別枠の警察機関による警邏統治も及んでいる、
何とも複雑な“縛り”に網羅されているのが、此処ヨコハマである。
その筋なぞと呼ばれる裏社会では “魔都”という飾詞で語られもするこの港町は、
由緒ある港湾都市としての歴史と 人知れず紡がれた血の系譜とが錯綜し、
華やかな交易の街という表の顔に、
時に反目しつつも 時には寄り添うようにして 陰惨で妖冶な闇がそこここで口を開いており。
落ちたが最後、筆舌に尽くし難い修羅の柵に抑え込まれもしよう地獄が待っているものの、
呑まれぬよう巻き込まれぬよう気をつけて居さえすれば、
あっけらかんとした朗らかさと情に厚い人々が住まう街でもあって。
「何で懲りないんですか。」
「さすがに真冬は躊躇していたさ。」
寒いのも辛いからそれは御免だなんてぬけぬけと言い張る上司へ、
まだ冷たそうなところへ飛び込みかけといて胸を張らないでくださいよ、と。
最近になって、多少はきつい物言いをしてでも引き留めねば懲りない人だというの、
さすがに学習しもした虎の子くん。
橋の上からそりゃあ見事に、後先考えないで膝下の川へ飛び込んだとんでもない大人を、
流されかかる前に速攻で何とか引っ張り上げて、
双方びしょ濡れのままという異様な風体で向かい合い、大人相手に説教を垂れ始める少年で。
「風邪ひいたらどうすんですよ。」
「大丈夫だよぉ♪」
いきなり川へ投身した相手へ斜め上に “風邪”を案じる方も方だが、
余りに頻繁な行為なのだ、微妙な慣れというものが生じもし、
現に無事だったがため、こういう事を訊いてしまいもするのであり。
それへ対する方は方で、やはりどういう根拠があるのやら、
唄うように言い返した、現在 文字通りの水もしたたる状態にある美丈夫様。
川の水を吸った衣紋がべったり貼りついたままというから 見るからに胡乱だが、
されどそんな視線に気づいてこちらを見やったそのままふわりと微笑んだりすれば、
同性の男でも どぎまぎしそうなほど、そりゃあ雰囲気のある風貌をしているお人だから困りもの。
ただ見目がバランスよく整っているというだけじゃあない、
どこか寂し気な愁いの陰がかかった深色の眼差しや、
心細げな心情も露わな 表情豊かな口許の艶が何とも曲者で。
話しかけられようものならば、注意を逸らさせぬ巧みな話術でまんまと相手を丸め込み、
罪のないご婦人を骨抜きにしたり、純情そうな青少年へ悶着の場を任せたり、
大概の相手はあの手この手で翻弄し、あっさり籠絡してしまうから問題で。
そんなお人と判っている敦相手でもならならで、
「大体、私は中也に蹴られの国木田くんに投げとばされての、日夜鍛えられてる身だからねぇ。」
「成程 それは頑丈になってもいましょうよねぇ。」
半分は呆れてのお返事だったのへ、
だろう? そんじょそこいらのチンピラには斃せっこないよなんて喜々として言い出すものだから。
胸張りますか、しかも芥川あたりが駆け付けましょうしねとますますと呆れるばかり。
慣れていればこその先が見えるがため、
マフィアの有望株を捕まえて“彼奴も気の毒に…”という溜息が漏れる始末だったりし。
芥川云々のくだりはさすがに口に上らせまではしなかったが、
飄々とされるのが何だが癪で、
「お互いに大事にしたいとする相手がいるのに、それでも飛び込むんだから困った人ですよね。」
お友達を庇うの兼ねて、そんな風にあてこすれば。
それはさすがに胸へ響くものがあったのか、
悪戯な双眸をくるくると泳がせてから、んんんっと尤もらしい咳払いをし、
「それよりいいのかい? 敦くん、今日って昼までじゃあなかったか。」
何とか話を逸らそうとなさる。
これはだがだが、なかなかに効果があったよで、
「わ、もうこんな時間じゃあないですかぁ。」
このところ細かい案件が立て続いたので、
万年人手不足な武装探偵社では、どの調査員にも丸1日という休みがなかなか取らせられなくて。
特に武闘活劇担当の敦にはそれでなくとも体力勝負な仕事が多いので、
いくら若いとはいえ集中力が鈍ってはいかんと、
何とか融通していただいたのが、空き時間を作っては半日でもいいから休みなさいという態勢。
「どっか行くなら、ちゃんとお風呂で暖まってから出かけなさいよ?」
「太宰さんこそ、風邪ひいたりしないでくださいね…くしゅっ。」
人を気遣った傍から小さくくしゃみが飛び出したが、特に寒気はしない。
何と言っても虎の異能持ちで、
目に見えるそれじゃあないが虎の毛並みが常時守ってくれているものか、
極寒の中、屋外を駆けまわったり待機したりが多かった先の冬場も、
そういや風邪やインフルには縁がないままだった。
“凍死しかかりはしたらしいけど…。” ( 月下に眠るキミへ 参照)
ほらほら言ってる端からなんて言われたのへ、鼻を擦りつつ へへーと誤魔化すように笑い、
さすがに着替えの必要はあるのでと、素直に社員寮まで帰る道を辿ることにする。
「太宰さんも、社で体温めるんですよ?」
「判った。また明日ね♪」
右と左へ別れつつ、頭上に挙げた手を背中越しに降った所作が、
何とも決まっていた長身をこちらは肩越しに見送って。
“ああでも、このくしゃみは…。”
先程 太宰をその風体込みで見かけなんだかと問うたら、
そういや橋のほうで見かけたなと教えてくれた通りすがりのお人から香った、
ちょっぴり癖のあったトワレのせいかもしれないなぁなんて、
ひょこり、小首を傾げつつ思い出してた敦くんだったりし。
何でそんなこと、脈絡なしに思い出したのか。
もしかしてそれも虎の異能が察知した“危機回避本能”の、
されど残念ながら“後出し”な反応なのを、あとあと気が付くこととなろうとは…。
to be continued. (18.04.13.〜)
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*今回はあんまり尺は取らない予定です。
どちらかと云やぁギャグテイスト目指したいですvv
(変な紹介ですいません。)

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